目が覚めると、すでにターミナル内には人が溢れていた。
起きあがると体のあちこちが軋む音が聞こえ、
お腹は空いているが、何かを口にする気にはなれない。
残金は約7500円。ここはまだ首都テヘランだ。
ここからタブリーズまで行き、さらにそこからアルメニアの国境を越え、
アルメニア側のATMでお金を降ろすまでは油断出来ないという思いが、食欲を遠ざけている。
せめてもの朝食として、ターミナル内にある売店でチャイを買い、冷えた体を暖める。
外に出ると空はまだ薄暗く、どんよりと曇っていた。
冷たい風が、せっかくチャイで温まった体から熱を奪う。
朝7時、タブリーズ行きのバスに乗り込む。
途中で配られたパサパサする小さなお菓子をむさぼるように食べ、小さな紙パックのグレープフルーツジュースで流し込んだ。
熱のこもった食べ物をしばらく食べていない気がする。
移動時間は10時間。夕方の5時頃に着く予定だ。
車内で景色を眺めながら、
タブリーズに着いたらどうやってアルメニアまでバスで行くか対策を練ることにした。
もしかしたらテヘランの様に、ターミナルが複数あって、また移動時間と費用がかかるかもしれない。
年末ということを考えると、その場ですぐ都合良くチケットが買えるかどうかも安易に考えない方が良いだろう。
タブリーズのバスターミナルでまた夜を越すことになるかもしれない。
もう一晩くらいなら耐えられるが、予約がいっぱいで何日も先のチケットしか無かった場合はさすがにキツい。
どのみち、宿に泊まれる金など無いのだが。
不確定要素が多すぎて対策を練るにも限界があるなと諦めると
昨夜よく寝れなかったせいか、いつの間にか眠ってしまっていた。
数時間後、目が覚めると状況は更に悪くなっていた。
吹雪だ。
なんてことだ。まさか3月の下旬でもこんなに雪が積もっているだなんて。
まだタブリーズにも着いていないというのに。
これよりさらに北の、それも山間の高地に位置するアルメニアは確実にこれより寒いはずだ。
氷点下を下回っていることは明白だった。
完全に計算が違った。
元々行く予定だったアルメニアも、4月になれば上着を羽織れば大丈夫だろうと考えていたのだが、この様子だと春はまだまだ先のようだ。
ワタシはふと足元のリュックを見た。
軽いことが最大の特長。必要最低限の衣服や洗面用具しか入っていないこのリュックには
当然防寒具などは入っていない。
今来ている青の上着か、ユニクロで買った薄手の赤いライトダウンジャケットしか羽織るものは持っていない。
あとはTシャツだけだ。
そもそも冬に日本を出発しアジアから周ったのは、
寒い冬の時期に暖かい国々を周り、
冬が終わったタイミングでヨーロッパに入るという自分なりの計算があった。
だから荷物をここまで減らせたのだ。
まさか中東、イランやアルメニアがまだこんなに寒いだなんて。
どうする…国境を越えても待つのは極寒。
どうする……
バスは予定通り夕方の5時に高原地帯の中に位置するタブリーズのバスターミナルへ着いた。
外へ出ると刺すような寒さが襲ってくる。
下半身は薄皮1枚アリババズボン。
重ね着しても到底寒さを和らげることなど出来なかった。
自らを抱き締めながらターミナル内へと入ると、またここからペルシャ語との戦いが待っている。
なんとか案内されたカウンターで聞いてみると、やはりアルメニア行きのバスは今日は無いとのことだった。
次のバスは翌日の夜8時。
ざっと26時間後だ。
どうする。
アルメニアへ行った所で、寒さに耐えられるとは思えない。
先ほど体感した外の気温はまるで刃物の様に攻撃的で、それより更に寒くなると思うと、もはや恐怖を感じた。
今の弱装備では無理なことは分かりきっていたが、ワタシはアルメニアへの想いも捨てきれずにいた。
ワタシはアルメニア、そしてさらにその北側にあるグルジアにとても惹かれていたからだ。
どちらも土地柄ワインが有名で、非常に質が良く安価らしいし
自然に溢れてどこを見渡しても絶景、
人の優しさが国レベルで高く、世界でも有数の美女大国でもある国。
そんなアルメニア、グルジアを諦めなければならないのは本当に苦渋の選択だった。
ワタシが選んだのはトルコだった。いや、トルコしか無かったと言うべきか。
トルコに入ればひとまず海抜数十メートルまで下がり、比例して寒さも和らぐはずだ。
値段を聞くと国際バスで5000円。
トルコならビザ代も必要ない。
迷った末に買った。
残りは2000円程度。
本当にギリギリだった。
ようやくお金には目処がたったので残ったお金で何か食べようと思ったが、
温かい料理を出すようなレストランは近くになく、仕方なくパンをかじった。
たまたまトルコ行きのバスは今夜中に出発する便が手配できたので、それまでターミナル内で時間を潰すことに。
ターミナル内にはヒーターが1ヶ所だけ設置されていて、ワタシはそこからずっと動かなかった。
バスは夜の10時に出発した。
バスに乗り込み自分の座席に着き、窓の外の街の夜景を見たときワタシはとうとう堪えきれず
「やっと、、、やっとイランを出れる!」
と、声に出して叫び、喜びを噛み締めた。
もはや抑えきれない程の歓喜だった。
まぎれもなく心の底からの言葉だった。
しかしその後も辛いことはいくつも待っていた。
トルコの国境で降ろされ、入国審査までは無事済んだが、
肝心のバスがトルコ側に入ってこない。
イラン出国時にはバスでさえ綿密で厳しいチェックをされる。
真夜中なのに、外では審査待ちのバスが大渋滞を起こしていた。
待合室で3時間も待ってようやくバスがトルコ側に入国出来たらしい。
すきま風が吹き込んでくるのをじっと耐え
座るイスもなく床に腰を落として疲労と、眠気と戦っていると
近くにいるイラン人家族が話し掛けてきた。
疲れ果ててはいたが、孤独でいるよりもずっとマシだった。
特に疲れを癒してくれたのがザハロという9歳の少女。
将来はお医者さんになりたいという夢を教えてくれ、
頑張ってねと握手をして繋いだ少女の手は暖かかった。
トルコに入って8時間。
朝になり、名前も知らない街で降ろされた。
何もない街。
辺りにあるのはバスターミナルと、タクシー乗り場だけだった。
辺りの雪景色から、ここがまだ高地だということだけは分かった。
ワタシはすぐさまチケットカウンターへ行き、どこか低地の、それもある程度大きな都市へ行くバスを手配した。
一体どれほどバスに乗り続ければ休めるのだろう。
再びターミナル内で2時間ほど待機する。
ようやくATMを発見し、念願の現金を手に入れたが
またもやお菓子かパンしか売っておらず、
もう食べる気にもなれなかった。
頭がかゆい。
顔中、油だらけだ。
熱いシャワーを心底浴びたかった。
バスは5時間でトラブゾンという都市に着いた。
途中、窓の景色から雪がどんどん減っていくのを見て、アルメニアでなくトルコを選んで正解だったと思った。
バスを降りるとだいぶ寒さは薄れていた。
夕陽が沈む中、充電の切れかかった携帯のGPSを頼りに安宿街までひたすら歩いた。
たった7キロのリュックがこれほど重く感じたのは初めてだ。
数件断られたが、なんとか宿を確保し、熱いシャワーを浴びた。
丸3日ぶりだった。
シャワーを浴び終わるとすぐ外に出て、一番近いレストランに入った。
席に着いた途端、今まで気づかないふりをしてきた空腹感がこれでもかと言う程強く、一気に襲ってきた。
温かいご飯と濃厚な味付けのおかずが運ばれてきた。湯気がたっているのが見える。
その瞬間に飛び付いた。
そして無心で食べた。
こんなにも美味しいものは久しぶりに食べた気がする。
満たされるというのはこういうことだと思った。
それからワタシは寄り道もせずに宿に戻り、翌日の昼まで、深い深い眠りについた。
おわり。
《あとがき》
いやぁ!暗い話ですいやせん!わっはっは(´∀`) ←雰囲気台無し
今回は観光とかネタが全然無くて、自分のアホさが招いた結果とはいえ楽しく書けそうに無かったので
前々からやってみたかった小説風の記事にしてみました(´∀`)
「深夜特急」的な小説ね♪
ただ、ワタシ文才無いので上手く書けたか微妙でしたし、
そのせいで長文にもなっちゃいましたが( ̄▽ ̄;)
まぁ、旅しているとこーゆー辛い瞬間も付き物です♪バックパッカーですから。
その辺の雰囲気を上手く表現出来てたら良いなと思います(*^^*)
それにね、辛いことがあった分だけその後のちょっとした幸せが倍増されて感じます!
これも良い経験ですね。
さて、そんな訳で今回でイラン編は終了です。
いつも読んでくださってありがとうございます♪
え?なんで今回そんなにお金が無くなるまで気づかなかったのかって?
…アホだからです(`・ω・´) ←お札の桁数を数え間違えてた
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